フロスト気質(上・下)

フロスト警部シリーズの新刊が出てました。

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)

このシリーズ、まず全編を通して言えることですがとにかく、
ぶ厚い。
おもしろくない小説でこれだけページ数があったら、
まずその本に金を出した自分に、またそのぶ厚い本が部屋においてしめる不必要な面積と存在感に、うんざりしてしまいます。
が、このシリーズはそういった意味ではまず当たり外れなく無難に読めるはず。中身はエンターテイメント調のライトな刑事モノだし、基本的に主人公がギャグ体質なので。どんなに悲惨でグロテスクな殺人事件が起ころうと、自分を見失わずコンスタントにギャグを発し続けるフロスト警部はもはや尊敬にすら値します。
話としては、イギリスにある架空の都市デントンを舞台に、刑事モノとしてはお定まりな、アウトローな主人公刑事と、出世・体面を重視するいけ好かない上司・同僚との絶妙な掛け合いを背景にして、さまざまな事件が短期間(ほんとに二日か三日くらいの間)に折り重なるように起こり、てんやわんやのうちに解決していく(別個に起きた事件が思いもよらないところでリンクしていたりする)というパターンです。そういった意味では水戸黄門とか、寅さんとか、セオリー通りに話がすすむ人情モノといっていいかもしれません。このシリーズの白眉としては、とにかくキャラクターの濃い登場人物と、読み始めたら止まらない、スピード感・充実感溢れる事件の展開があげられると思います。娯楽小説としてはかなり強くおすすめできる小説です。

 なんだかシリーズの紹介みたいになってしまいましたので今作の感想を。
 結論としては、これまでの作品と比較してもそれほど遜色ない出来だったと思います。
いつも通り大変楽しく読み終えたわけですが、その上で粗探し的な批評をさせてもらいましょう!
 このシリーズ、作品毎に主人公の相棒が変わるのですが、今回はバリバリ上昇志向なキャリアウーマンの部下なのが新鮮でした。ただ、やっぱり女性なだけにフロストとの間にある程度距離感ができてしまい、今までのようにワーカホリックなフロストのペースに翻弄される描写もなく、衝突を機にあらわされる互いの心情吐露や、プライベートのカミングアウトによるキャラの掘り下げもほとんどなくて、その点では物足りなかったかも。フロストに関してはこれまでの作品で過去については述べられつくしているしね。
 推理に関しても、いつも以上に行き当たりばったりというか、すっきりしない感じが残りました。少年の誘拐事件に関しても、犯人がかなりの知能犯という触れ込みだっただけに、あんな力ずくに解決してほしくなかったな…ただまあ、この作品は本格ミステリでも何でもないし、もともと推理にそこまで力を入れているわけではないんだけど。
 あと、フロストがらしくもなくダウン気味で、自棄になっちゃうところがちょっと残念。彼にはどんなに追い詰められてもあの基本的には冷静な、軽妙な口先でするりとすり抜けていく態度を崩さないで欲しい。
 上司のマレットが嫌味なのも毎度のことなんだけど、今回は嫌味を通り越して嫌悪すら感じてしまう。マレット、俗物根性で利己的で気取り屋で、嫌なやつなんだけど、どこか抜けててにくめないところが魅力でもあったのに。キャシディという性格の苛烈な、フロストの敵役が登場したせいもあるんでしょうか。二人がかりで攻勢をかけるので、いつも以上にフロストがかわいそうに思えてしまいます。今までは相棒の刑事がいて責任を分かち合っていたのに、今回のフロストは孤独な闘いです。ただそれだけに、フロストの捜査に対するポリシーや、絶体絶命のところで昔恩を売った相手に助けられるという人情家ぶり等がひきたっているようにも思います。
 なんだかんだ言いましたが、読んで損はないと思うし、活字好きな人にも読み応えは十分だと思うので、秋の夜長にいかがでしょう。イギリスの小説らしく、とことんグロくてびろうな表現も頻発するのが要注意ですが、そういうのに耐性のある方はぜひ。